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Mint Ice

悪性リンパ腫の治療後の日常を綴ります。巨赤芽球性貧血治療中

小学生の有名Youtuber

明け方ごろ眠れなくて、何となくスマホでYouTube見ていたんですね。
で、その時に見つけたのが、小学生でYoutuberをされている方がいらっしゃいました。
それで、何となく気になってその子の動画をタップして見ていました。

おそらくとても有名な方のようなのですぐに気付かれるかもしれませんが、名前をここでお伝えしていいのかわからないのでここのブログでは名前は伏せたいと思います。

その子は、不登校で、何故学校へ行かなくなったかというと、生徒が先生の言う事ばかりを聞いていて、まるでロボットのように見えた、と仰っていました。
この感覚は、私が小学校の頃はわかりませんでした。
だから、私もそのロボットだった一人だったかもしれませんし、もしかしたらそうでないかもしれません。

好きなことをして生きていくほうがいい、といった感じでYoutuberという道を選んだその子は、どうやら家族も了承しているような様子で、色々と考えさせられました。

その子は、宿題をするのが嫌だったそうです。
それは、凄くわかります。
宿題で私が嫌だったのは、学校や塾以外でもまだ勉強しなければいけない状態にさせられるのも嫌でしたし、私も、宿題をするのが大嫌いな部類の人間でした。

それなりに友人もいて、面白い行事もそれなりに楽しめた感じで小学校生活を送っていましたが…


本当は私も学校へ行きたくないと思っていました。


というより、朝起きて学校行くのが面倒というか嫌だったんですよね。
もしかしたら、学校行きたくないと思った方も中にはいらっしゃるかもしれませんね。


少し話は変わりますが、昔から、保育園の頃から、決まった時間に決められた場所に行かなければいけないのがもの凄く嫌で嫌で、保育園の頃、外に出て門の前で「助けてーー!!助けて!!」と大声で叫ぶほどに大嫌いでした(実話です)


その時、先生になだめられ、昼寝させられましたが、何で眠くもないのに寝なきゃいけないんだと思っていました。
その後、保育園をやめることになりました。
というか今思うと助けてって叫んだのって、先生たちからしたらすっごく迷惑な話というか脅威ですよね。
中で虐待でもあるんだろうかと誤解する通行人だっているかもしれないですしね。
あの時は、叫んだことは本音ではありましたが申し訳ないことをしたとは思っています。


それからはキリスト教徒の幼稚園に入ることになりました。
その幼稚園は元々、日曜礼拝なども行っている教会でもありました。
給食の時も、毎回お祈りがあります。
歌を習うのも、全て讃美歌です。
授業もありました。
クリスマス会は今思うとかなり豪華に行われたかと思います。
天使の役をやった記憶があります。


その幼稚園の時も、休んでいることが多くありました。


小学生になってからは、学校に行くように言われて行っていましたが…
夏休みの宿題やら、授業とかも嫌いでした。


小学校って、勉強してもしていなくても中学には上がれるんですよね。
中学までなら義務教育ですからね。
でも、高校受験を控えるようになってからはそれどころじゃなくなり、中学2年辺りだったでしょうか
内申点とかテストの点数とか気になりだして、勉強しました。
今も資格の勉強とか趣味の範囲でやっていますが、それと比較にならないくらいの勉強量をやった記憶があります。
もう嫌と言っていられなかったんですよね。


そのおかげもあり無事に高校に入学したときは、高校内での試験の点数が丁度大学進学の時に採用され、大学に指定校推薦で入れました。


でも、大学生活を送っていた頃か辺りに、限界になったのか病気になりました。
私は卒業する前から病気だと知っていましたし、教授から心配のメールも届いたりしましたがそれを無視して、無理を続けていました。
それでも卒業したくて、我慢して誰にも相談せず病気のまま通常の卒業単位数よりも余裕めな単位数で卒業ができました。


病院行くのは卒業してからにしたいと思ったんです。
責任は私にあるのも、わかってます。


病院へ行ってみたら
「今の堀川さんの状態では、仕事は無理かと思います。暫くは投薬が必要な状態なので療養を中心にして過ごして下さい」
と言われました。


今は薬を飲みつつ療養していますが、高校の先生からは
「堀川は指定校推薦が決まったから、途中でやめることはしないでほしい」
という期待をかけられ、入学金などの金銭的な問題で両親にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかず、留年も避けたいと思っていたので、そういうのもあり結構無理はしていました。


話を戻しますが、小学生であったその子の動画を見て、色々と考えていました。
学校に行かないで違う道を選択するのは、本当に勇気のいることだと思うんです。
私はもう仕事はできなくなってしまったし、何が本当なのかって言ったら、本当のことなんか何もないのかもしれない、と思いました。


病気になってしまったのは不運だったのか、あるいは神様が「そろそろ休みなさい」と私に療養の時間を与えて下さったのか、運命だったのかそれはわかりません。


毎日学校へ行ったからって仕事につけるとは限らないし、また毎日学校へ行かないからって仕事につけるとも限らないんだなと、そう思います。
今は色々なこともありゆっくり療養していても困らない生活を送れてはいますが、目指していたもの、やってみたかったものはいくつか諦めることにはなりました。


確かに、そうは思うんですが、学校って、「可能性」というものは広げられるんじゃないかなぁとは思いました。


新聞を読むのだって、義務教育で漢字を学ばないと読めないらしいですし、例えばもしその子が別の職業になってみたいと思ったら、曲がり間違って学校で学んだ勉強が役に立つこともあるかもしれません。
子どもの頃って、大人は正しいことを言う生き物なんだって思いがちなところがあるんじゃないかなと思います。
というより、私が子どもの頃そうでした。



でも、そういう大人って、実際自分が大人になってみるとなかなかいないんですよね。


ただ固定観念に縛られている大人もいたり。



こう考えると世界って、法律さえ守っていれば、人間ってあとは自分の視点のみで動いている感情の生き物なのかなって、そんなことを思いました。




だけど、その子の全てを否定したいとは私はどうしても、何だか思えませんでした。
応援したいかどうかというのも、わかりません。



そんな感じに、色々と考えるきっかけになりました。
もし気になった方は、YouTubeなどで検索してみてはいかがでしょうか。
色々と考えさせられます。












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